30代LSE私費留学日記 & たまにマーケットコメント

東大→金融機関リサーチ職10年超→30代LSE私費留学

インフレマインドに目覚めた日+欧州における期待インフレ

私が物心ついたときには日本はすでにデフレでした。物価や賃金が継続的に上昇していくことは想像し難い世界で育ちました。それが一転、渡英して強烈なインフレの世界に晒されることになりました。初めに気が付いたのは、カフェでコーヒーの値段が段々と上がっていくことでした。日本であったなら「価格改定しました」というような貼り紙が「(価格を上げて)申し訳ございません」との謝罪文句とともに掲示されそうなものですが、ここではすべてのモノ・サービスの価格がなんのお知らせもなくしれっと上がっていきます。そのことに、デフレマインドが染みついた私は驚きました。

 

そこから、継続的に価格を調査してみようと考えました。対象としたのは、私が大好きで継続的に購入しているビール。330ml缶×6本セットの一番安いもので、渡英当初(2022年8月頃)は5ポンド台でいつでも買えました。それが6ポンド、7ポンドと値段が上がっていき、セールのときでないと5ポンド台では買えなくなっていきました。今ではセールであっても近所のスーパーでは5ポンド台では買えなくなりました。当初は一番安かったモレッティの6本セットが9ポンドで売られているのをみたときは、目ん玉が飛び出ました。

 

そんな中で、「価格が上がる前に多めに買っておこう」と自分が考えているのに気が付き、ハッとしました。これが期待インフレの効果かと。継続的な高インフレを経験したことで、今後もそれが継続していくだろうとの予想(期待インフレの上昇)が醸成され、それが買い急ぎや賃上げ要求につながって、さらにインフレを加速させてしまう。こうした自己実現的なインフレスパイラルのメカニズムが生じ得ることは経済の研究の中ではよく知られていることですが、私はまさに「買い急ぐ」ことでこのメカニズムの力を後押ししていたのです。賃上げ要求については私は学生ですので当事者ではないですが、ロンドンのあちこちで賃上げストが起きていたことに鑑みると、少なからずその影響はあったのではないでしょうか(※)。

※なお、LSEでもストがありました。教員の方々が賃上げストに参加した結果、授業の6割がなくなったと嘆いている友人もいました(私はひとつの授業がオンラインになっただけで済みましたが)。

 

私が大学を卒業して仕事を始めたときに当時の部長からこうしたインフレスパイラルのメカニズムについて説明を受けたのを思い出しました。そのとき、デフレマインドが染みついていた私はあまりピンときていませんでした。それから10年以上が経過し、今実感をもってインフレの世界を理解できたと感じています。

 

ここまでだらだらと書いてしまって少し反省していますが、最後にマーケット関係者向けに実用的な話をひとつ。上記の通り、特に現下の高インフレの中では、期待インフレの役割が今後の物価動向、ひいては金融政策の行方を占う上で重要といえます。では、どういったデータをみていけば良いのでしょうか?欧州(ユーロ圏)の場合、それは主に以下の指標です。それぞれ対象となる主体と期間が異なるため、その点は注意してみる必要があります。例えば、マーケットベースの指標は速報性に優れますが、あくまで「市場」の期待であって、実体経済における「家計」や「企業」のそれと必ずしも一致するとは限りません。また、期間に関して言えば、一般にフィリップスカーブの形状を規定するのは長期の期待インフレであるため、長い期間の期待インフレの方をより重視する必要があります。

欧州委員会サーベイ:毎月月末頃に公表。企業と家計の期待インフレの動向を把握できます。企業は産業別の内訳も確認可能です。ただし、企業は先行き3ヵ月、家計は先行き12ヵ月と期間は短めであるため、長期的な予想というよりも、足元の物価動向に左右されがち。企業は足元の商品市況に左右されにくい業種に絞ってみるべきかもしれない。データ元:Business and consumer surveys

・ECBプロフェッショナルフォーキャスト:四半期に1度の公表。対象は経済専門家。期間は1年先、2年先、5年先があります。データ元:Survey of Professional Forecasters

ドイツ10年BEI:マーケットベースの長期期待インフレ。ただし、ドイツ限定。Bloombergのティッカーは忘れてしまいましたが、「Germany 10 Break Even」とかで検索すれば出てくると思います。データ元:Bloomberg

5年先5年インフレスワップレート:同じくマーケットベースの長期期待インフレ。ECBが(昔は特に今でもたまに)レポートで使っています。データ元:Bloomberg

ECB Consumer Expectations Survey:月1公表。家計の1年先、3年先の期待インフレが確認できます。ただし、2020年4月分から公表された比較的新しい統計であるため、それ以前の過去データと比較することができないのが難点。データ元:Consumer Expectations Survey

 

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